第1250回生物科学セミナー

オートファジー:疾患に対抗し寿命を延長する細胞内分解システム

吉森 保 教授(大阪大学大学院教授 生命機能研究科/医学系研究科生命機能研究科長・医学系研究科附属オートファジーセンター長・栄誉教授)

2019年01月11日(金)    15:00-16:00  理学部1号館中央棟 340号室   

 ギリシャ語で「自分を食べる」という意のオートファジーAutophagyは、全真核細胞が備える自己成分分解システムである。膜オルガネラであるオートファゴソームが細胞質や他のオルガネラの一部を囲い込み、そこにリソソームが融合し分解が起こる。オートファジーは電子顕微鏡により50年以上前に観察されていたが、分子機構や役割は永らく不明であった。その状況を打破したのが、1993 年の大隅良典博士(現東京工業大学栄誉教授)による酵母オートファジーに必須の遺伝子群ATGの同定である。このブレイクスルーを端緒にオートファジーの理解が急速に進み、オートファジーの生理的病理的重要性が明らかになった。大隅博士は、その功績により2016年ノーベル生理学医学賞を受賞された。
 私は1996年基礎生物学研究所に大隅研究室が発足した時に助教授として招聘され、当時ほとんど何も判っていなかった哺乳類オートファジーの分子機構の解析に着手し、大隅博士の発見を哺乳類に拡大し哺乳類研究の礎を築いた。我々が最初に手がけたLC3は初めて見つかったオートファゴソーム局在タンパク質であり、これによりオートファジー動態の可視化が可能になった。LC3は現在も本分野で広く用いられ、論文被引用数は5,000を超え分野で1位である。最近には分野最大の謎として永年論争の的となってきたオートファゴソームの起源について、小胞体とミトコンドリアの接触部位が形成の場であることを示した。我々はオートファジーが病原性細菌の排除も行うことを世界に先駆け報告し、その解析から選択的なオートファジーが存在することも明らかにした。さらにオートファジーが病原性細菌を認識する機構も明らかにした。また障害を受けたリソソームを除去する選択的オートファジーを新たに見出し、それが高尿酸血症性腎症の抑制に重要であることを明らかにした。脳形成不全を示すジュベール症候群の原因遺伝子産物であるリン脂質脱リン酸化酵素INPP5Eが、神経細胞におけるオートファゴソームとリソソームの融合に必要であることも示した。
 大阪大学医学系研究科では世界で初めてオートファジーセンターが附属施設として設置された。同センターでは我々の教室と10臨床教室が分野横断的な共同研究を展開し、オートファジーが関わる病態のメカニズム解明による疾患の制圧を目指している。その最初の成果として、高脂肪食摂取でオートファジー抑制因子Rubiconの量が増加し、その結果オートファジーが低下し脂肪肝を発症することを2016年に報告した。現在は、オートファジーと老化・寿命の関係について精力的に研究を行っており、重要な手がかりを得ている。すなわち、加齢によりオートファジーが低下することを明らかにし、その原因因子を同定した。さらに原因因子の除去により健康寿命が延長することを示した。オートファジーに関連する論文は、2005年頃から急速に増加しているが、その多くは哺乳類を対象としたものである。今後は疾患との関連の研究がさらに進み、治療法開発に結びつくことが期待される。我々もその一翼を担い、世界をリードする研究を展開していきたいと考えている。