第1206回生物科学セミナー

植物再分化能を制御する遺伝子プライミング

松永幸大 教授(東京理科大学理工学部応用生物科学科)

2018年12月12日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

リプログラミング中の細胞は、遺伝子発現を休止させることが知られている。その遺伝子発現の休止は、将来の再生や分化に備えた待機状態(poised state)と言える。この待機状態で、活発にエピジェネティクス変化などが起こることが最近わかり始め、遺伝子プライミングと呼ばれようになった。植物の多能性細胞塊であるカルスは、ホルモンバランスの違いにより、胚、根、シュート(葉と茎)に再分化させることができる。我々はこの植物の再分化系を使用して、未だに報告がない植物の遺伝子プライミングを制御する分子の特定を試みた。
シロイヌナズナの根の一部をオーキシンが多い培地(CIM)で培養してカルスを形成させて、そのカルスをサイトカイニンが多い培地(SIM)に移植することでシュートを形成させた。この組織培養系により変異体スクリーニングを行い、CIMでカルスは形成するが、SIMでシュートが形成されないヒストン脱メチル化酵素の変異体を同定した。同じファミリーのヒストン脱メチル化酵素のパラログでは表現型は見出されなかった。
ChIP-seqとRNA-seqの統合解析の結果、この酵素はヒストンH3K4のメリル残基を脱メチル化することがわかった。さらに、CIM培養期間において、元の組織である根の遺伝子群のH3K4の脱メチル化(細胞記憶の消去)ではなく、シュートの再生に必要な遺伝子群のH3K4を脱メチル化していた。つまり、SIM移植前から、シュート遺伝子群の発現を遺伝子プライミングにより発現スタンバイ状態にしていることがわかった。このことから、このヒストン脱メチル化酵素が植物再分化能を制御する遺伝子プライミング因子であることがわかった。
最後に、このような高い再分化能や光合成能など、植物細胞の特性を動物細胞に導入したプラニマル(planimal)細胞作製の試みも少し紹介したい。

参考文献
Sakamoto T. et al. (2018) Nature Commun. in press.
Kadokura S., Sugimoto K. et al. (2018) Dev. Biol. Epub doi: 10.1016/j.ydbio.2018.04.023.
Hasegawa J., Sakamoto T. et al. (2018) Sci. Rep. 8, 7773.
Kutsuna N., Higaki T., Matsunaga S. et al. (2012) Nature Commun. 3, 1032.
Matsunaga S., Takata H., Morimoto A. et al. (2012) Cell Rep. 1, 299-308.