第1200回生物科学セミナー

海洋炭素循環を駆動する微生物相互作用ネットワーク

永田 俊 教授(大気海洋研究所)

2018年10月10日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

海に生息する植物プランクトン(光合成をする微生物)は、二酸化炭素を原料にして活発に有機物を作り出しているが、その生産量は年間500億トン(炭素換算)に達すると推定されている。化石燃料の使用による二酸化炭素の年間排出量(約70億トン)と比べると、植物プランクトンはそれを約7倍も上回る莫大な量の二酸化炭素を吸収していることになる。この植物プランクトンが作り出した有機物が、海洋においてどのような運命をたどるのかを正確に理解することは、地球規模の炭素循環や気候変動の将来予測をより精度の高いものにしていくうえで重要な課題である。本セミナーでは、これに関連するトピックのひとつとして、有機凝集体の生成過程とそれに関わる微生物の働きについての最近の研究成果を紹介したい。
有機凝集体とは、植物プランクトンやその他の微生物が生成したさまざまな有機物(分泌物や遺骸、あるいは生きた細胞も含まれる)がゆるく結合した不定形の塊のことで、「マリンスノー(海の雪)」と呼ばれることもある。マリンスノーの沈降は、海洋の表層から深層へと炭素を輸送する重要なメカニズムである。深層まで輸送された炭素は、そこに数100年から場合によっては数1000年もの間留まるのであるが、この炭素貯留には、大気中の二酸化炭素の増加を抑制する効果がある。つまりマリンスノーの生成促進は、温暖化の進行に対して抑制的に働くのである。
では、マリンスノーはどのようにして生成し、消滅するのか?これについては国際的に様々な角度からの研究が活発に行われているが、近年、やや予想外のプロセスが、マリンスノーの消長に強く関与している可能性が指摘され始めている。そのひとつは、ウィルス感染がマリンスノーの生成を促進するというものである(Guldi et al., 2016)。我々の研究室でも、珪藻(Chaetoceros tenuissimus)とそれに感染するDNAウィルス(CtenDNAV)の培養系を用いて粒子動態を観察したところ、沈降性の大型粒子が形成されるという結果を得ている(Yamada et al., 2018)。ささやかにも思える微生物とウィルスの相互作用が、地球規模の炭素循環制御の鍵を握っている可能性がでてきたのである。

参考文献
Guidi, L., et al. (2016). Plankton networks driving carbon export in the oligotrophic ocean. Nature 532(7600), 465‒470. doi: 10.1038/nature16942
Yamada, Y., Tomaru, Y., Fukuda, H. and Nagata T. (2018) Aggregate formation during the viral lysis of a marine diatom. Frontiers in Marine Science-Marine Biogeochemistry. doi.org/10.3389/fmars.2018.00167