第1231回生物科学セミナー

人工RNA技術を活用した遺伝子操作と細胞運命の制御

齊藤 博英 教授(京都大学iPS細胞研究所(CiRA), 未来生命科学開拓部門)

2018年07月27日(金)    16:00-17:00  理学部1号館東棟 380号室   

iPS細胞は、医療に応用できる様々な細胞を創り出せる可能性を秘めているが、課題も存在する。特に重要なことは、iPS細胞から目的の細胞を安全、簡便、均一に創り出すことである。私たちの研究室では、RNA工学の技術をiPS細胞技術と組み合わせることで、これら課題を解決することを目指している。本講演では、RNAという生体分子素材を活用した「RNAスイッチ」や「RNAナノ構造体」の作成法とその応用について紹介する。RNAスイッチは標的細胞で働く特定の因子(マイクロRNAやタンパク質因子)に応答し、外来遺伝子(自殺遺伝子など)の発現を自由にオン・オフ制御できる。まず、RNAスイッチを基盤とする標的細胞の選別、運命制御の新戦略について紹介する。これまで目的の生細胞を高純度で得るためには、細胞表面の抗原を識別して細胞を選別するという操作が行われることが一般的であった。しかし最適な表面抗原が同定されていない細胞種も多く、そのような細胞を選別することは時に困難を伴う。我々は、マイクロRNA (miRNA) に結合するアンチセンス配列を導入した合成mRNA (miRNAスイッチ)を作製し、このRNAをヒトiPS細胞から分化した標的細胞の選別に活用した。その結果、従来の方法で効率の良い取得が困難であった心筋細胞や肝細胞、インスリン産生細胞などを高効率で選別することに成功した. また、自殺遺伝子の発現を制御することで、複数の細胞集団の中から心筋細胞を自動的に純化できた。さらに、分化誘導の過程で残存する未分化iPS細胞や、分化が不完全な細胞を選択的に除去することもできる。合成mRNAを細胞に直接作用させるこの方法は、核内のゲノムを損傷する可能性が極めて低い。また作用させるRNAの半減期が短く、自然に除去されることが利点であり、再生医療を想定した臨床においても活用できる安全性の高い細胞を創出できる可能性を秘めている。さらに最近、細胞の分化を長時間継続的に可視化できるRNAスイッチや、ゲノム編集を細胞内状態に応じて制御できるRNAスイッチの開発にも成功した。また、分子ロボティクスの医療分野における未来展望についても議論したい。