第1193回生物科学セミナー

痛みから捉える情動記憶の神経回路メカニズム

渡部 文子 教授(東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター)

2018年06月06日(Wed)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

「痛み」は、からだのどこかに異変があることを知らせる大切な警告信号である。マウスやショウジョウバエが「痛み」を感じるのかは、これらの生物や、さらには人工知能が「意識」や「心」を持つのかと同様、様々な階層の議論が必要であろう。しかしながら、ある感覚刺激と侵害受容信号との連合による忌避反応は、線虫からヒトまでほとんどの動物種において広く観察され、侵害刺激が忌避すべき有害信号として機能することは明らかである。このような「侵害受容信号を警告信号へと『翻訳』」する機能こそが、痛みの情動成分の役割であろうと想像される。にもかかわらず、そもそも痛みがなぜ苦痛か、すなわち、痛みがなぜ無条件に負情動へ直結するのか、は実はよくわかっていない。そこで、我々はこのような痛みや恐怖による負情動の神経回路メカニズムに着目した。
末梢の侵害受容信号を脳へと伝える経路には、従来から知られる視床・皮質を介して情動の座である扁桃体に入力する経路とは独立に、橋の腕傍核から扁桃体に直接入力する経路がある。我々は、この直接経路に注目した。腕傍核にチャネルロドプシンを発現させ、扁桃体で直接経路の神経終末を特異的に光刺激すると、マウスはまるであたかも痛み刺激を受けたかのように走り回るflight行動を示した。さらに、光刺激を音と連合提示すると、その後、音提示だけでfreezing行動を示す恐怖学習が成立した。一方、腕傍核を薬理学的に抑制したマウスでは、その後の恐怖記憶形成が有意に減弱していた。これらの結果は腕傍核から中心核への入力が恐怖記憶形成に必要かつ十分であることを示唆する。さらにY字型迷路を用いて、直接回路が忌避信号として機能することも見出した。一方、直接経路は慢性疼痛成立後や恐怖記憶形成後に顕著なシナプス可塑性を示すことも見出した。以上の結果は、直接経路が痛み負情動を担う忌避シグナルとして機能することを示唆する。
本日のセミナーでは、このような直接経路が痛み情動制御において担う役割について概説し、脳高次機能を司る神経回路メカニズムに関して、改めてシナプスレベルで分子機構解明に向けたアプローチを紹介したい。

参考文献
1. Shinohara K., Watabe, A.M.*, Nagase M., Okutsu Y., Takahashi Y., Kurihara H., Kato F. Essential Role of Endogenous Calcitonin Gene-Related Peptide in Pain-associated Plasticity in the Central Amygdala. Eur J Neurosci, (2017) 46:2149-2160 (*責任著者) 
2. Sato, M., Ito, M., Nagase, M., Sugimura, Y.K., Takahashi, Y., Watabe, A.M.*, Kato, F. The lateral parabrachial nucleus is actively involved in the acquisition of fear memory in mice. Mol Brain (2015) 8:22 (*責任著者)