第1188回生物科学セミナー

恐怖情動の制御メカニズムと生物学的意義

小早川 高 准教授(関西医科大学附属生命医学研究所 神経機能部門)

2018年03月23日(Fri)    16:00-17:00  理学部3号館 327号室   

恐怖情動は進化の過程で危険を避け生存確率を高める行動や生理応答を誘発する機能として発達してきた。恐怖情動は正常な危険回避行動のみならず精神疾患の発症や症状にも影響を与える。脳が感覚刺激の意味を恐怖であると判断するメカニズム、恐怖という情動状態が脳に生成するメカニズム、その結果、誘発される行動や生理応答の制御メカニズムのいずれに関しても良く分かっていない。私たちは、恐怖情動の制御原理の解明を通して脳の理解に新局面を開くと共に、ここで解明した原理に基いて情動状態を計測したり望ましく制御する技術を開発し新たな医療や産業を起こすことを目指している。
私たちは、嗅覚刺激による先天的と後天的な恐怖情報が鼻腔内で異なる神経回路により分離して脳へ伝達され行動を制御することを解明した(Kobayakawa et al., Nature 2007, Matsuo et al., PNAS 2015)。続いて私たちは、嗅覚刺激による先天的と後天的な恐怖情報が、扁桃体中心核のセロトニン2A受容体細胞において拮抗的に統合され、その結果、先天的な恐怖行動が後天的な恐怖行動に優先されるという階層制御を受けることを解明した(Isosaka et al., Cell 2015)。先天的と後天的な恐怖は中枢においても単一の情動に統合されるのではなく、拮抗的に存在する異なる種類の情動状態であることが示唆される。そうであれば、恐怖情動を理解するためにはこれまでに研究が蓄積している後天的な恐怖モデルのみでは不十分で、先天的恐怖モデルの研究が必要となる。
しかし、モデル動物に先天的な恐怖行動を効率的に誘発する感覚刺激は知られていなかった。私たちは、人工匂い分子ライブラリーをスクリーニングすることでげっ歯類に極めて強力な先天的恐怖行動を誘発する匂い分子群「チアゾリン類恐怖臭:thiazoline related fear odors (tFOs)」の開発に成功した。私たちは、テキサス大などと共同でフォワードジェネティクススクリーニングを実施し、恐怖臭に対するFreezing行動の誘発を担う単一の受容体遺伝子(tFOs-R1)の同定に成功した。恐怖刺激は行動応答のみではなく多様な生理応答を誘発する。興味深いことに、恐怖刺激が誘発する生理応答に関しても、先天的と後天的な恐怖の間では拮抗的な関係性が存在した。私たちは、これらの現象を担う分子や神経メカニズムの解明を通して、先天的恐怖誘発性生理応答の持つ予想外だが重要な生物学的意義の理解を進めることができた。本セミナーではこれら最新の研究成果を紹介する。