第1186回生物科学セミナー

花幹細胞の時空間的な運命制御

伊藤 寿朗 教授(奈良先端科学技術大学院大学 花発生分子遺伝学研究室)

2018年03月13日(火)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

日々の食糧である穀物や果物はすべて花の産物であり、花の形づくりは、自己複製能、多分化能を持つ幹細胞の時空間的な運命制御によって成し遂げられる。われわれは、花幹細胞の増殖と分化に関わる転写因子AGAMOUS (AG)の下流ターゲット遺伝子を同定し、それらの発現制御と作用機構の解析を行ってきた。AGは、さまざまな下流遺伝子を制御することで生殖器官の分化、成熟を誘導するとともに、花幹細胞を維持するのに必要なWUSCHEL (WUS)遺伝子を抑制することで、花幹細胞の異常増殖を止めている。花幹細胞の増殖抑制には、AGターゲットとして、WUSを転写レベルで直接的に抑制するジンクフィンガータンパク質KNUCKLES (KNU) が中心的な役割をはたす。この細胞自立的にはたらく経路は、ヒストンのエピジェネティック修飾を介して、増殖と分化のタイミング調節を行う。
また、KNU経路とは独立に、WUSとは異なる細胞で発現して、花幹細胞の増殖抑制をおこなう2つの異なる転写因子SUPERMAN (SUP), CRABS CLAW (CRC)からなる非細胞自律的経路がある。SUPとCRCは、ともに花芽を取り囲むように発現して、植物ホルモンオーキシンの時空間的な分布を制御することにより、花幹細胞の増殖と分化のバランスをつかさどっている。本発表では、花幹細胞の時空間的な運命制御にかかわる「エピジェネティック修飾」、「植物ホルモン」の研究をとおして、植物幹細胞の制御経路の頑強性と可塑性について論じたい。

参考文献
SUPERMAN regulates floral whorl boundaries through control of auxin biosynthesis. EMBO J. in revision
Two-step silencing of the stem cell determinant WUSCHEL in flower development. PNAS in revision
Regulation of floral meristem activity through the interaction of AGAMOUS, SUPERMAN, and CLAVATA3 in Arabidopsis. Plant Reproduction DOI 10.1007/s00497-017-0315-0, 2017
Fine-tuning of auxin homeostasis governs the transition from floral stem cell maintenance to gynoecium formation. Nature Communications 8:1125, 2017
Timing mechanism dependent on cell division is invoked by polycomb eviction in plant stem cells. Science 343:505, DOI: 10.1126/science. 1248559, 2014