第1175回生物科学セミナー

生体内における少数性効果

斉藤 稔 助教(東京大学大学院理学系研究科 生物普遍性研究機構)

2017年10月30日(月)    17:00-18:30  理学部3号館 412号室   

細胞内での化学反応では、しばしば反応に寄与する分子の数が非常に少数になるといった状況が起こりうる。こういった状況では分子の少数性に起因する確率性が無視できなくなり、決定論的方程式によるモデリングが破綻する。分子の数が少なくなると、多くの場合、古典的な化学反応論が予測する振る舞いのまわりに単純なゆらぎが現れる程度のことしか起きないが、特定の化学反応系においては、分子の少数性によって化学反応に新たな協同性が生まれ、系の性質を質的に変えてしまう現象(双安定性の出現やフローの反転[1]など)が起こりうると、理論的に示唆されてきた。このような例では、(濃度ではなく)分子の個数依存的に化学反応の振る舞いが変わるという非自明な少数性効果が起きる。しかしこの現象のはっきりとした定義や数理的表現はこれまで存在せず、どのような構造がこの効果を生むのかも不明瞭なままだった。
本研究では、反応物質の濃度の定常分布に注目し、このような少数性効果を数理的に特徴づける手法を提案した。この手法を用いると、与えられた化学反応系に少数性効果が起きうるかどうか、起こるとしたらどのような効果が起きるのか、いくつからが“少数” であるのか、などといった問いに答えることが出来る。この手法を応用し、少数性効果を持ちうる化学反応モチーフの列挙を行ない、どのような構造が少数性効果に必要なのか議論する[2]。
また実際の細胞内で起きている少数性効果の例として、キネシン5の方向性のスイッチを解析した[3]。近年、cin8というキネシン5は微小管に結合しているキネシン分子の数に依存して、進む方向性をスイッチさせることが実験的に明らかになった。しかし、 どのような機構でこのようなスイッチングが生じているのか、全くわかっていなかった。講演ではスイッチを起こす機構やその生体機能を議論する。

文献
[1]Saito and Kaneko, PRE, 91, 022707(2015)
[2]Saito, Sughiyama and Kaneko, J. Chem. Phys., 145, 094111 (2016)
[3]Saito and Kaneko, Sci. Rep., 7 (2017)