人類学演習Ⅳ/人類学セミナー4

頭蓋底神経血管孔のパターンと、脳への血液供給路の変遷―人類進化史の観点から―

澤野 啓一 先生(神奈川歯科大学 法医学災害医療歯科学講座 法医歯科学)

2017年10月06日(金)    16:50-18:35  理学部2号館 402号室   

 Homo sapiens sapiens の際だった特徴が優れた知能を持つことであり、それを支えているのが、体の大きさに比較して顕著に大きい脳の存在であることは、多くの人類学研究者の認める所である。活発に活動する生体組織は、その活動を可能にする為、多くの血流量を必要とする。ただし脳の場合には、他の生体組織には存在しない幾つかの隘路が存在する。Homo sapiens sapiens は、その隘路をどのように切り抜けようとしているのか、血液供給の原理、各種脊椎動物の脳への血液供給路の違い、そして頭蓋の形態と神経血管孔のパターンの違い等の観点から検討してきた結果を、中間段階ではあるが報告する。
多細胞動物の生体組織の内で、進化史的に最も早くから発達してきたのは腸管系である。哺乳類の場合で言えば、広義の小腸が最も本来的な特徴を留めている部分である。マウス(Mus musculus)のような小型哺乳類で調べると、広義の小腸への血液供給は、大動脈(Aorta)から分岐する腹腔動脈(Truncus coeliacus)と上腸間膜動脈(Arteria mesenterica superior)の両者を出発点にして、あたかも順次枝分かれして行く樹木の枝のように分岐する動脈によって供給される。ただし通常の樹木の枝分かれと非常に異なるのは、途中の動脈の間で何回か吻合が起こることである。小腸を引き伸ばしてみると、この吻合枝は弓なりに成って隣接する動脈を結んでいることが判る。これは最も効率的で安全な血液供給路である。Homo sapiens sapiensの場合で言えば、マウスよりも遥かに体が大きいので、重力や運動に伴う力学的な力の変動に抗する頑丈さを必要とする為、二次的に改変されている部分も多いが、基本的には小型哺乳類の場合と同様に、小腸への血液供給路が最も効率的で安全なものである。
頭部の場合には、頭部を前後左右に動かすために途中の頚部が細く成っていることと、脳を頑丈な頭蓋が取り囲んでいることとにより、腹部の場合とは大きく異る空間的な制約が存在する。
 そうした基本的な制約が存在する上に、Homo sapiens sapiensの場合には、進化史的に比較的短い時間の中で脳が急速に拡大したことによる制約が加わっている訳である。型哺乳類の場合と同様に、小腸への血液供給路が最も効率的で安全なものである。
脳への血液供給路は、心臓から頭蓋底に達するまでの経路、頭蓋底の貫通方式、頭蓋内での血液供給方式の、以上三者に大別して検討することが可能である。脳は周囲を頑丈な頭蓋で囲まれているので、外部との交通は頭蓋に穿たれた神経血管孔に限定される。頚動脈管(Canalis caroticus)やQuadrangulus-ovalo-jugularis(卵円孔頚静脈孔四辺形)を中心に、ヒトと類人猿、あるいはその他の動物との異同を論ずる。