第1144回生物科学セミナー

ミツバチのエピジェネティックス

佐々木 哲彦 教授(玉川大学学術研究所)

2017年12月06日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

ミツバチはハチ蜜を生産したり、ポリネーターとして農作物の花粉を媒介したりする農業生産に欠くことのできない重要な昆虫である。また、高度な社会性を発達させており、基礎生物学の対象としてもたいへん興味深く、2006年に昆虫としては3番目にゲノムの全塩基配列が決定された1。ゲノム解析の成果の一つとして、ミツバチはDNAメチル化に必要な遺伝子を保持していることが明らかにされた。ミツバチの DNAメチル化は脊椎動物と同様に、シトシンとグアニンが並んだCpGサイトのシトシンにメチル基が付加される。その生物学的意義として、女王バチと働きバチのカースト分化に関わっていることなどが示唆されている2。私たちはミツバチのDNAメチル化の特徴を明らかにするため、貯蔵タンパク質の1つであるヘキサメリン110をコードする遺伝子に注目して、働きバチと女王バチの幼虫全組織および成虫の脂肪体から抽出したDNAについて、バイサルファイト法による解析を行った。この遺伝子のメチル化パターンは、カーストや組織の違いによらず全体的には似通っていること、部分的に女王バチと働きバチでメチル化度の異なるサイトが存在すること、同一実験区内ではメチル化のパターンは個体間でよく一致していること、などが示された。次にこれらの結果を踏まえて、カースト間でメチル化の状態が異なる遺伝子を検察するために、カースト分化の方向性が確定した直後の幼虫のDNAメチル化をゲノムワイドに解析し、カースト特異的なメチル化修飾を受ける985個の遺伝子を同定した。興味深いことに、それらの中にはcomplementary sex determination, doublesex, transformer 2 sex determining protein, sex lethal homologなどの性決定に関わる遺伝子が含まれていた。社会性の進化は本来産卵能力をもつメスの個体を不任化してワーカーを分化させることである。したがって、カースト分化の分子メカニズムの一部に性決定遺伝子が組み込まれていても不思議ではないのかもしれない。

参考文献
1. Honeybee Genome Sequencing Consortium (2006) Insights into social insects from the genome of the honeybee Apis mellifera. Nature 443: 931-49.
2. Kucharski R, Maleszka J, Foret S, Maleszka R (2008) Nutritional control of reproductive status in honeybees via DNA methylation. Science 319:1827-30.
3. Ikeda T, Furukawa S, Nakamura J, Sasaki M, Sasaki T (2011) CpG methylation in the hexamerin 110 gene in the European honeybee, Apis mellifera. J. Insect Sci. 11: 74.