第1164回生物科学セミナー

寒冷刺激によるエピゲノム修飾酵素のリン酸化とヒストンメチル化変化による脂肪細胞の褐色化機構

酒井寿郎 教授(東京大学先端科学技術研究センター代謝医学分野 教授)

2017年09月22日(Fri)    17:00-18:30  理学部3号館 412号室   

環境因子は遺伝的素因とともに生活習慣病・がんなどの多因子性疾患の発症に重要である。環境からの刺激はDNAのメチル化やヒストンのメチル化やアセチル化などのエピゲノム(後天的なゲノム修飾)として付加され、クロマチン構造の動的な変化を介して遺伝子の転写が制御される。エピゲノム変化は、個体が環境の急激な変化に対する迅速な応答から、刺激が遷延し慢性化した場合に適応していくうえでも重要な役割を担うと考えられる (1,2)。ヒストンH3K9 のメチル化変化が脂肪細胞の分化に重要な役割を果たす。このエピゲノム酵素のひとつであるヒストンH3 のジメチルリジンの脱メチル化酵素JMJD1A(別名KDM3A)をマウスで欠損させると、肥満、高脂血症、インスリン抵抗性などヒトでいうメタボリックシンドロームの症状を呈することを報告した (2)。プロテオミクスなどの詳細な解析から、寒冷刺激時に交感神経が活性化され分泌されるカテコールアミンによってJMJD1Aがリン酸化され、これが引き金となり、クロマチン再構成因子と核内受容体PPARγとタンパク質複合体を形成し、クロマチン高次構造の変化を介して褐色脂肪細胞で急性に熱産性遺伝子の発現を亢進させることを見出した (2,4)。慢性の寒冷刺激にさらされると白色脂肪組織は、熱産生を行う褐色化した脂肪組織に変化していく。これは遷延する寒冷刺激に対する個体レベルでの防御応答である。リン酸化JMJD1Aはアドレナリン刺激依存的に熱産性遺伝子の抑制メチル化を除去することによって、すなわち、アドレナリンシグナルのリン酸化カスケードという短期のシグナルをヒストンのメチル化変化という遷延する長期のシグナルへと変えることで、通常白色脂肪細胞の褐色化に重要な役割を果たすことを見出した。詳細な解析から、この経路はシグナルを感知する第一段階と脱メチル化する第二段階からなることを見出した。
References
1. Matsumura Y, and Sakai J. et al., H3K4/H3K9me3 Bivalent Chromatin Domains Targeted by Lineage-Specific DNA Methylation Pauses Adipocyte Differentiation. Mol Cell 60, 584-596 (2015).
2. Inagaki T, Sakai J, Kajimura S. Transcriptional and epigenetic control of brown and beige adipose cell fate and function. Nature Reviews Mol Cell Biol 17, 480-495 (2016)
3. Inagaki T, Sakai J et al Obesity and metabolic syndrome in histone demethylase JHDM2a‐deficient mice. . Genes Cells. 14, 991-1001(2009)
4. Abe Y, Sakai J. et al., JMJD1A is a signal-sensing scaffold that regulates acute chromatin dynamics via SWI/SNF association for thermogenesis. Nat Commun 6, 7052 (2015).