第1081回生物科学セミナー

植物の細胞リプログラミングを制御するエピジェネティックなしくみ

杉本 慶子(理化学研究所環境資源科学研究センター)

2016年11月09日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

動物に比べて一般的に植物は高い再生能力を示し、根や茎などの器官が傷害を受けてももとの形状を回復したり、新たな器官形成を誘導したりすることができる。こうした植物の再生能力は古くから知られており、接ぎ木や挿し木による有用品種の大量繁殖にも広く利用されてきた。一方、20 世紀初頭からの生理学実験から、オーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンが植物の再生能を著しく向上させることが明らかになり、in vitro の培地にこれらの植物ホルモンを加えてカルスと呼ばれる細胞塊をつくり、さらにそのバランスを変えて茎葉や根を再生するという手法が組織培養技術として活用されてきた。近年、こうした植物の器官再生には最終分化した細胞が脱分化して分裂を再開する場合と、根の内鞘細胞のように比較的未分化な細胞が活性化して分裂を開始する場合があることが分かってきた。しかし植物細胞がどのようにこれらのリプログラミングを制御するのかはまだよくわかっていない。私たちは個体再生が主に傷口で誘導されるという点に着目し、傷害ストレスによって植物細胞がリプログラムする分子機構の解明を進めてきた。特に傷口で特異的に発現し、植物細胞の脱分化を促進する転写因子WOUND INDUCED DEDIFFERENTIATION 1(WIND1) を発見し、WIND1 がサイトカイニンに対する応答性を高めることによって脱分化を誘導することを示した。また細胞の分化状態がエピジェネティックに制御されるしくみについても解析を進め、ヒストン修飾を触媒する POLYCOMB REPRESSIVE COMPLEX2 (PRC2) が最終分化した細胞の分化状態を積極的に維持することを示した。今回のセミナーでは傷害ストレスがエピジェネティックに抑制された細胞リプログラミングが誘起し、器官再生を開始させるしくみについて最新の知見を紹介したい。

参考文献
1. Heyman et al. (2016) Nature Plants in press
2. Ikeuchi et al. (2016) Development 143, 1442-1451
3. Ikeuchi and Iwase et al. (2015) Nature Plants 1, 15089
4. Ikeuchi et al. (2015) Curr Opin Plant Biol 28, 60-67
5. Ikeuchi et al. (2013) Plant Cell 25, 4159-3173
6. Iwase et al. (2011) Curr Biol 21, 508–514