第1108回生物科学セミナー

嗅覚刺激による先天的と後天的な恐怖情報の統合による行動制御メカニズム

小早川 高(関西医科大学付属生命医学研究所 神経機能部門)

2016年10月12日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

脳の行動制御は先天的と後天的なメカニズムに分解できる。私たちは、嗅覚刺激による先天的と後天的な匂い情報が鼻腔内で異なる神経回路により分離して脳へ伝達され行動を制御することを解明した(Kobayakawa et al., Nature 2007, Matsuo et al., PNAS2015)。また、脳の中枢部においても先天的と後天的な情報は分離した回路で処理されることが報告されている。これらの結果は、先天的と後天的な情報は感覚入力から中枢に至るまでの複数の段階において分離した回路で処理されることを示す。一方で、先天的と後天的な情報の統合処理メカニズムは長らく解明の手が付けられていなかった。このような背景で、最近私たちは、嗅覚刺激による先天的と後天的な恐怖情報が、扁桃体中心核のセロトニン2A受容体細胞において統合され、その結果、先天的な恐怖行動が後天的な恐怖行動に優先されるという階層制御を受けることを解明し(Isosaka et al., Cell2015)、先天的と後天的な情報の統合メカニズムの研究に先鞭を付けた。この成果を端的に言えば、後天的に獲得した行動制御メカニズムは、先天的な行動制御メカニズムにより打ち消されるということになる。このモデルに従えば、先天的メカニズムにより形成された幼弱な神経回路が、後天的な刺激を受けて適応的に変化するという従来のモデルは拡張され、この拡張により先天的と後天的なメカニズムが互いに融合や拮抗を介して行動を支配する未知の原理に迫ることができる。