第1076回生物科学セミナー

植物の分子フェノロジー

工藤 洋 教授(京都大学 生態学研究センター)

2016年07月13日(水)    16:50-18:35  理学部2号館 講堂   

フェノロジーとは、季節に応じて見られる生物現象の研究であり、植物では開花・結実・展葉などが対象とされる。この季節応答を遺伝子発現などの分子遺伝学的手法を用いて研究するのが分子フェノロジーである。RNA-Seqを含む遺伝子発現定量法の発達により、最近、分子フェノロジー研究が活発になりつつある(Kudoh 2015)。分子フェノロジーのデータは年間を通した時系列データとして得られ、これは従来のフェノロジーデータ(例えば、初開花日など)が年1回のペースでしか取得できないことに比べて対照的である。分子フェノロジー研究では、目的により、観察頻度を好きなだけ上げることができる。特に、毎週、あるいは隔週といった頻度で集められたデータを高解像度分子フェノロジーデータ(HMP: high-resolution molecular phenology data)と呼ぶ。
生物は複雑に変動する自然条件下において、環境からのシグナルを受容し応答している。しかしながら、自然条件下での環境シグナルはノイズにまみれており、必要なシグナルのみを取り出す仕組みが重要となる。例えば、植物種の多くは、気温の季節変化に応答して一定の時期に花を咲かせる。ところが、気温の季節変化はあくまで長期的な傾向であり、その実態は大きいノイズを含んだ情報である。日間、週間でも気温は変動し、季節変化に逆行する傾向を示すことは頻繁である。さらに、最も大きい変動が昼夜の気温差であり、その差は隣り合う月の月平均気温の差よりもはるかに大きい。植物は、このような短期変動に惑わされることなく、季節に応答する頑健な仕組みを持つことが予想できる。
私達は、アブラナ科の多年草ハクサンハタザオ (Arabidopsis halleri subsp. gemmifera) を対象に分子フェノロジーの研究を進めている。高解像度分子フェノロジーデータを得ることにより、花成抑制遺伝子FLC(FLOWERING LOCUS C)が過去6週間の低温を記憶するかのように調節されることが示された (Aikawa et al. 2010)。さらに、全遺伝子を対象としたトランスクリプトーム、ヒストン修飾解析の結果を紹介する。