第1088回生物科学セミナー

肝糖産生と脳・肝連関

井上 啓 教授(金沢大学新学術創成研究機構 革新的統合バイオ研究コア 栄養・代謝研究ユニット)

2016年04月11日(月)    17:00-18:30  理学部3号館 412号室   

肝臓は、空腹時には糖を産生し、摂食時には、糖の産生を減らし、糖取り込みを増加することによって、血糖値を一定レベルに維持している。2型糖尿病では、肝臓における糖産生の増加が、空腹時血糖の上昇と密接に相関することが報告されており、このことは、個体糖代謝の恒常性維持における肝糖産生調節の重要性を示唆している。
インスリンは、肝糖産生を制御する最も重要な因子である。インスリンは、主にphosphoinositide 3-kinase(PI-3K)シグナル経路の活性化を介して、グリコーゲン分解と糖新生の両者を抑制することにより、肝糖産生を強力に抑制する。2型糖尿病における肝糖産生の増加は、糖新生の増加に起因することが知られ、インスリンによる肝糖新生調節の重要性を示唆している。肝臓におけるインスリン作用障害のモデルとして、インスリン受容体、IRS1/2、PDK1、Akt1/2の各分子を肝臓特異的に欠損したマウスを挙げることができる。いずれのマウスにおいても、糖新生系酵素の発現増加を来し、高血糖を呈する。ヒトにおいても、実際の2型糖尿病において、肝臓において、糖新生系酵素の活性が増加していることが明らかにされている。
肝臓へのインスリン作用の重要性が示される一方で、肝外インスリン作用による間接的な肝糖産生調節の存在も指摘されている。肝臓のインスリン作用障害モデルマウスにおいて、食事摂取後の糖新生系酵素の発現の減少がみられることや、健常人での高インスリン正常血糖クランプ法において、門脈血中インスリンレベルが上昇しない程度のインスリンを末梢血管から投与することによって、肝糖産生が抑制されることなどが報告されている。近年、インスリンによる間接的な肝糖産生抑制に、脂肪組織・膵臓に加え、脳でのインスリン作用が関与することが指摘されている。本セミナーでは、個体糖代謝恒常性における肝糖新生の重要性を概説するとともに、脳・肝連関による肝糖産生制御の役割とそのメカニズムについての最近の知見を紹介する。