第982回 生物科学セミナー

炎症・代謝性疾患の背後に潜む脂質メタボリズム

有田 誠(理化学研究所)

2014年07月16日(水)    16:40~  理学部2号館 講堂   

 栄養素であり、かつ生体膜リン脂質や中性脂肪の構成成分でもある脂肪酸は、生命活動において必須である。脂肪酸には多くの種類があり、飽和と不飽和、さらに不飽和度の高い多価不飽和脂肪酸などに大別される。また、多価不飽和脂肪酸の中でも分子内の二重結合の位置によりn-3系、n-6系の脂肪酸が存在しており、それらは哺乳動物の体内において相互変換されることはなく、代謝的に質の異なる脂肪酸である。このように質の異なる脂肪酸が生体内で特徴的な分布を示し、それぞれに特異な代謝を受け、さらにその代謝は互いに影響し合うことで、様々な生理機能や病態に影響を及ぼすと考えられている。
 エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)に代表されるn-3系多価不飽和脂肪酸には、抗炎症作用や心血管保護作用、抗がん作用などがあることが知られている。しかしながらこれらの脂肪酸がなぜ体によいのか、分子レベルの解明は遅れている。そこで本研究では、EPAやDHAなどn-3系脂肪酸の代謝および生理機能を分子レベルで解明することを目的としている。n-3系脂肪酸は主にアラキドン酸代謝系と競合することで炎症を抑制すると考えられてきたが、最近新たにn-3系脂肪酸から生成する抗炎症性代謝物が見いだされ、その生理機能が注目されている。このような背景のもと、我々はアラキドン酸およびn-3系脂肪酸由来の代謝物を包括的に捉える目的で、LC-ESI-MS/MSを用いた脂肪酸代謝物の包括的メタボローム解析システムを確立した。また、n-3系脂肪酸を合成出来るように遺伝子改変した、n-3系脂肪酸合成酵素(fat-1)トランスジェニックマウスを導入している。このfat-1トランスジェニックマウスは、炎症性疾患やがんに対して強い抵抗性を示し、これまで栄養学的な解析しかなされてこなかったn-3系脂肪酸の生理機能に対して遺伝学的な根拠を与え、かつ分子レベルでの解析が可能になった。これらを用いて、n-3系脂肪酸の抗炎症作用に関わる代謝経路および新規メディエーターの同定を目指した研究について紹介する

参考文献
1. Endo J. et al. 18-HEPE, an n-3 fatty acid metabolite released by macrophages, prevents pressure overload-induced maladaptive cardiac remodeling. J Exp Med in press
2. Kubota T. et al. Eicosapentaenoic acid is converted via omega-3 epoxygenation to anti-inflammatory metabolite 12-hydroxy-17,18-epoxyeicosatetraenoic acid. FASEB J 28, 586-593 (2014)
3. Arita M. Mediator lipidomics in acute inflammation and resolution (review). J Biochem 152, 313-319 (2012)