第1048回生物科学セミナー

シナプス可塑性と記憶をつなぐ摂食コマンドニューロン-記憶のできる瞬間を捉えるための新しいこころみ

吉原基二郎主任研究員(情報通信研究機構)

2015年07月10日(金)    16:00-17:30  理学部2号館講堂   

私の研究室では、記憶の素過程を理解することを目的として、単純なシナプスモデルであるショウジョウバエ胚神経筋接合部(neuromuscular junction; NMJ)と、 記憶を担うショウジョウバエ成虫の神経回路上のシナプスを、両者を比較しながら研究している。まずは、NMJにおいて、LTPをまねた刺激実験のプロトコルを新たに考案し、プレシナプスとポストシナプスが強め合うことを示す実験結果より、記憶のメカニズムを説明する作業仮説として”local feedback仮説”を提唱した(参考文献 1)。次に、この仮説を脳内の記憶形成過程において検証するため、記憶とシナプス可塑性を結び付けるための全く新しい実験系を確立することをこころみた。日本のコンソーシアムによって確立されたショウジョウバエGal4挿入系統のcollectionであるNP系統(Yoshihara and Ito, 2000)を行動スクリーニングすることにより(参考文献 2)、その活動が摂食行動を引き起こすコマンドニューロン、”Feeding (Fdg) neuron” を発見した(参考文献 3)。Fdg neuronは摂食神経回路の要に位置すると考えられるので、この回路が関わる学習実験を行うために、ハエを使ったパブロフの条件反射の新しいプロトコルを開発した(Sakurai and Yoshihara, in preparation)。さらに、行動観察とlive imagingや電気生理学的解析を同時に行う目的で新しく開発した実験系(参考文献 4)を用いることにより、条件付けを繰り返すに連れて、 条件刺激だけでFdg neuronが活動するように徐々に変化して行くことがわかった。これは、条件反射成立に伴い、新たに機能的な神経回路が形成されたことを意味する。このときのシナプスの変化をライブイメージングでとらえることによって、「記憶の形成される瞬間」を観察しようと試みている(参考文献 5)。

参考文献
1. Yoshihara, M., Adolfsen, B., Galle, K. T., Littleton, J.T. (2005) Retrograde signaling by Syt 4 induces presynaptic release and synapse-specific growth. Science, 310, 858-863.
2. Flood, T., Gorczyca, M., White, B., Ito, K. and Yoshihara, M. (2013) A large-scale behavioral screen to identify neurons controlling motor programs in the Drosophila brain. G3, 3: 1679-1637.
3. Flood, T., Iguchi, S., Gorczyca, M., White, B., Ito, K. and Yoshihara, M. (2013)
A single pair of interneurons commands the Drosophila feeding motor program. Nature, 499: 83-87.
4. Yoshihara, M. (2012) Simultaneous recording calcium signals from identified neurons and feeding behavior in Drosophila melanogaster. JoVE, 62: e3625.
5. 吉原基二郎 (2013) シナプスの可塑性と記憶の形成とを結ぶショウジョウバエの摂食行動に関わるコマンドニューロン. ライフサイエンス新着論文レビュー.