第977回 生物科学セミナー

野外でのトランスクリプトームデータを使い倒す!ー究極の生理学解析を目指して

井澤 毅(農業生物資源研究所)

2014年06月04日(水)    16:40-     

地に根を張り、動けない植物にとっては、刻々と変動する自然環境に適応する能力を獲得することが進化競争を 生き残る上で非常に重要だったと考えられる。しかしながら、現在、主流となっている生物学的解析は、人工的 な恒常環境での栽培が基本にあり、そういった生育環境において、遺伝的な多様性がどのように形質に影響を与 えるかを解析する遺伝学的解析、もしくは、安定的な環境下で一環境因子だけを変化させて、影響を解析する生 理学解析、加えて、生化学的な解析が主たる解析法となっていて、原理的に、植物のありのままの姿を理解する ことを目的とした解析手段になっていない。我々は、植物のありのままの姿を知るための新しい生物学解析法を 模索する一過程として、野外環境でサンブリングした植物試料のトランスクリブトームデータと、その植物が経 験したであろう野外環境データをできる限り入手し、それらのデータを統計モデリングの手法で統合することで、 イネの葉の全遺伝子発現の自然環境変動への応答性をゲノムワイドに明らかにするといった究極の生理学解析 法の確立を目指して解析を進めている。これまでに、イネの葉で働く 1 万 7 千を超える遺伝子に関して、mRNA 発現量の変動を、移植後の時間、概日時計の位相、そして、環境変動の関数として説明する統計モデルを作成し た(Nagano et al. Cell, 2012)。その中で、日射量変動に対しては、閾値が非常に低い遺伝子が多く、そのこと が、季節による日長変動の検出に適していること、また、従来概日時計のコアと考えられている遺伝子を始め、 多くの遺伝子が気温変動の影響を大きく受けること等を明らかにした。現在は、モデル自体の改良、また、回帰 法の改良を進めながら、遺伝子発現データから、植物の形質データといった「情報」を抽出する技術開発を試み ている。今回のセミナーでは、その第一弾として、変動する自然環境中のイネの葉の遺伝子発現データのみから (サンブリングした時点の)時刻情報を、約 25 分の精確さで抽出できることも紹介する(Matsuzaki et al. submitted)。また、概日時計の変異体を用いると、時刻推定精度が大きく下がり、また、自然環境変動中で、遺 伝子発現の時刻進行も大きく影響を受けることを明らかにした。このことは、植物の概日時計が、変動する自然 環境下でも、遺伝子発現の日周転写リズムを生みだすことで、精確に転写制御が時刻進行していることを示唆している。


1) Nagano A.J, Sato Y, Mihara M, Antonio B.A, Motoyama R, Itoh H, Nagamura Y, Izawa T (2012) Deciphering and prediction of transcriptome dynamics under fluctuating field conditions Cell 151:1358-1369
2) Izawa T, Mihara M, Suzuki Y, Gupta M, Itoh H, Nagano A.J, Motoyama R, Sawada Y, Yano M, Yokota Hirai M, Makino A, Nagamura Y (2011) Os-GIGANTEA confers robust diurnal rhythms on the global transcriptome of rice in the field The Plant Cell 23:1741-1755