生物科学セミナー 第844回 平成191212日(水)16301800

 

講演題目:トランスポゾンによる変異体から分かってきたボルボックスのかたち作りの仕組み

 講演者名:西井 一郎(独立行政法人理化学研究所フロンティア研究システム)

講演の概要

 多細胞性の緑藻ボルボックスは2本の鞭毛を持つ約二千個の小さな体細胞が球面状に並んだ形をしており、その球の中には大きな生殖細胞が16個取り込まれている。この生殖細胞は親ボルボックスの中で細胞分裂を繰り返し、小さな球状の胚になる。胚には一方の極に穴が開いており、この領域から胚の裏返りが始まる。この運動は反対側の極へと伝播していき、最終的に胚の裏表が逆転するため、インバージョンと呼ばれている。インバージョン前の胚では、将来の生殖細胞は胚の外側にあり、また、個々の体細胞の鞭毛は胚の内向きに生えており、成体とは逆の体制をしている。インバージョンによって生殖細胞は胚の内側に取り込まれ、鞭毛を外向きに生やしたボルボックスの成体の形が作られる。私は、ボルボックス胚のインバージョンを多細胞生物における多細胞シートの反り返り現象の分子メカニズムの解析に好適なモデルであると考え、突然変異体を単離することにより、解明に取り組んできた。今回はシートを曲げる細胞レベルのイベントとそれに関わるinv遺伝子の働きについて紹介する。

 インバージョンを行う胚の屈曲部位の細胞は、丸い細胞体から細長い突起を伸長させており、ちょうど首の長いメスフラスコのような形をしている。隣り合う細胞間を繋ぐ連絡構造(原形質連絡)は、細長い柄の先端曲がったシートを扇にたとえれば、その要の位置- にある。インバージョン前の細胞は伸長しておらず、細胞間の原形質連絡は太い領域にある。インバージョンが始まると、細胞は徐々に伸長すると共に、隣の細胞に対して移動することにより、原形質連絡が細胞の太い領域から柄の先端へ移る。

 InvA変異体では、原形質連絡に対する細胞移動が阻害される。invAは微小管モータータンパク質のキネシンをコードしており、インバージョンの時期を通して常に原形質連絡に局在し、細胞移動を駆動するモーターであると考えられる。一方、InvD変異体とInvE変異体では、細胞の伸長が阻害される。invDは細胞表層に局在すると見られる機能未知のタンパク質を、invEはシグナル伝達に働くMAPキナーゼをコードしており、両者は細胞表層の微小管の重合制御に関与して細胞伸長を引き起こすのではないかと考えられる。InvB変異体では、上に挙げた細胞の変形と移動ではなく、胚を包む細胞壁の成長が阻害されており、インバージョンを行うのに必要な空間が胚の周囲になく、非常に窮屈に見える形態を示した。invB遺伝子は糖ヌクレオチド輸送体をコードしており、胚を包む細胞壁の構築に関与することが示唆された。

参考文献

Developmental Biology, Eighth Edition, Scott F. Gilbert, p.31-35

西井 一郎 ボルボックス胚の形態形成運動と細胞分化の仕組み、蛋白質核酸酵素49(9) 1253-1264 (2004)

Nishii, I., Ogihara, S. and Kirk, D., A kinesin, InvA, plays an essential role in Volvox morphogenesis. Cell, 113, 743-753, 2003

Kirk, D. and Nishii, I., Volvox carteri as a model for studying the genetic and cytological control of morphogenesis, Dev Growth Differ 43, 621-631, 2001

 

理学部生物学科植物学コース