生物科学セミナー  831 66日(水)16301800

 講演題目:植物の細胞分化と分化転換

 講演者名:倉田 哲也

独立行政法人科学技術振興機構ERATO長谷部分化全能性進化プロジェクト)

  講演の概要

 本講演では植物の根端幹細胞からの表皮細胞分化における細胞間コミュニケーションと分化した葉細胞が再び個体発生の大半を繰り返す能力を持つ多能性幹細胞へと分化転換する現象についてお話をしたいと考えている。

 多細胞体制の植物における細胞分化過程では、動物のように細胞の移動を伴わないため、位置情報等についての細胞間コミュニケーションが発達していることが想像できる。では、植物はどのようなやり方でコミュニケートしているのであろうか?その疑問への答えの一つが、演者らが行ったシロイヌナズナの根の表皮細胞分化の研究で分かってきた。シロイヌナズナの根の表皮細胞は一つ内側の細胞である皮層細胞との位置関係に応じて根毛細胞か非根毛細胞のどちらかに分化する。これまでの突然変異体の解析から根毛細胞を作るのには転写制御因子のCAPRICE (CPC)遺伝子が必要であることが明らかにされ、その後のCPC遺伝子の発現解析とCPCタンパク質の局在解析から、CPCタンパク質が細胞間を移動して隣の細胞(根毛細胞)の運命を決めていることが分かった。形態形成過程における転写制御因子の細胞間移行という現象は植物において特有であり、その制御機構の解明は植物における発生機構の特徴を知る上で大切であると考えられる。そこで、細胞間移行におけるCPCタンパク質の構造機能相関解析、組織特異性、移行経路の推定を分子遺伝学的手法により調べた。その結果、CPCタンパク質において短い“細胞間移行シグナル”のようなものは限定されず比較的長い79アミノ酸からなる領域が必要十分であること、また、どこの組織でも細胞間移行するのではなくその機能すべき表皮細胞のみで移動可能であることが明らかになった。さらに、細胞壁を貫いて細胞どうしをつなげている原形質連絡を通り移動していること、核移行と細胞間移行がカップリングしていることが示唆された。現在までにCPC以外にもいくつかの転写制御因子においてタンパク質の細胞間移行が報告されているが、移行に関わる因子の同定を含めた分子メカニズムは明らかにされていない。今後、手法に捕われない斬新なアイデアがブレークスルーをもたらすと期待している。

   これも植物細胞に特徴的な現象であるが、分化した細胞は容易に分化転換し、個体発生の大半を行う事ができる分化多能性を示す。演者らはモデル植物の一つであるヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)がその能力が非常に高いことに着目し、研究を開始した。用いている系では葉を切り出し、培地上で24時間程育成させると、葉細胞は多能性の幹細胞へと分化転換する。そこで、この分化転換に関する演者らの最近の研究内容の紹介をする。

 

  関連文献

Wada et al., Science 277, 1113-1116 (1997)

Wada, Kurata et al., Development 129, 5409-5419 (2002)

Kurata et al., Development 132, 5387-5398 (2005)

Kurata et al., Current Opinion in Plant Biology 8, 600-605 (2005)

 

理学部生物学科植物学コース