生物科学セミナー
第860回 平成20年10月29日(水)16:30〜18:00
講演題目:細胞性粘菌の階層を越えた自己組織化 |
講演者名:澤井 哲(東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻) |
講演の概要
動物でも植物でもさらには菌類でもない、そんな生き物にも多細胞体の生活史があることを忘れていませんか?社会性のアメーバ・細胞性粘菌では、真核生物の発生に共通して見られる分子レパートリーを総動員して、独自の形態形成が展開されます。そこには、真核生物の共通祖先が獲得したであろう、細胞接着、走性、細胞間シグナリング、細胞分化といった素過程をもとにして、実に多様な構造化があり得たことを伺い知ることができます。 細胞性粘菌は、一様に未分化な細胞集団から出発して、柄と胞子からなる子実体を作りあげます。動物の初期胚のように極性があらかじめ与えられていないにも関わらず、オーガナイザー的な役割をもつ細胞が出現し、サイクリックAMPの振動と波の自己組織化と、走化性によって多細胞体制を構築します。本セミナーでは、時空間的に展開する細胞内、細胞間シグナリングの定量化や数理モデル化を、分子遺伝学的な解析と、ロボットを用いた変異株スクリーニングなどと平行して進めるアプローチについて解説し、そうした努力から浮かびあがってきた、パターン形成の機構について紹介します。さらに、蛍光タンパクとFRETを利用したcAMPの計測、PIP3などのリン脂質シグナリング、F-アクチンの同時可視化から明らかになった、1細胞レベルの入出力応答と細胞内シグナル伝達の特性について触れ、生物の自発性とゆらぎの起源の問題について議論したいと思います。
参考文献 [1] S. Sawai, X.-J. Guan, A. Kuspa and E.C. Cox (2007) High-throughput analysis of spatiotemporal dynamics in Dictyostelium. Genome Biology 8, R144. [2] P.T. Thomason, S. Sawai, J.B.Stock and E.C. Cox (2006) Histidine kinase homologue DhkK/Sombrero controls morphogenesis in Dictyostelium. Dev. Biol. 292, 358-370. [3] S. Sawai, P.T. Thomason and E.C. Cox (2005) An autoregulatory circuit for long-range self-organization in Dictyostelium cell populations. Nature 433, 323-326. [4] 澤井哲 「粘菌のcAMP振動と波」細胞工学26(7), 759-765秀潤社 2007年 [5] 澤井哲 沢田康次 シリーズ・ニューバイオフィジックスII 第7巻 『複雑系のバイオフィジックス』 第2章 (金子邦彦・編) 共立出版 2000年 |
理学部生物学科植物学コース