生物科学セミナー  853 611日(水)16301800

講演題目:水輸送システムからみた植物の生活史戦略

 講演者名:種子田春彦(東京大学理学系研究科生物科学専攻)

 

講演の概要

 

植物は1gの光合成産物を生産するために,数百gから1 kgもの水を蒸散によって消費する.蒸散で失った水は土壌から植物体内に張りめぐらされた通導組織の導管や仮導管を通って運ばれる.蒸散する水は多量であることから,通導組織は効率的に,そしてエンボリズム(導管や仮導管へ気泡が入って水輸送を阻害してしまう現象)による通導阻害が起きないように安全に水を運ぶ必要がある.

エンボリズムが起きる原因には2つあることが知られている.ひとつは,導管液が凍結したときにそれまで解けていた気体が現れて管を塞ぐものであり,もうひとつはエンボリズムをすでに起している隣り合った導管から空気を引き込むというものである.どちらの場合にも植物に深刻な水ストレスを生じさせる原因となりうる.

水輸送の効率やエンボリズムへの抵抗性はともに水の通り道である導管や仮導管の形態的特徴によって決まる.これまでに,導管や仮導管の直径を指標にして,太い直径の導管や仮導管を持つ茎ほど水は通りやすいがエンボリズムが起こりやすく,逆に細い直径の導管や仮導管を持つ茎は水を通しにくいがエンボリズムには高い抵抗性を持つというトレード・オフの関係にあることがわかっていた.

近年の研究から,このトレード・オフ関係を生じさせる導管や仮導管の形態的特徴として,壁孔の性質や管同士が接している面積など,管の直径の他にも重要な要素のあることが明らかになりつつある.また,このトレード・オフ関係が,散孔材と環孔材の水利用パターンや常緑の草本や木本のフェノロジーや地理的分布といった植物の生活史戦略を決定していることがわかってきた.

本講演では,こうした最近の研究成果を紹介する.

 

参考文献

 

1.Sperry, J.S. et al. 2007. Hydraulic consequences of vessel evolution in angiosperms. Int. J. Plant Sci. 168: 1127-1139.

2.Taneda, H and M. Tateno. 2005. Hydraulic conductivity, photosynthesis, and leaf water balance in six evergreen woody species from fall to winter. Tree Physiol. 25: 299-306.

3.光と水と植物のかたち 植物生理生態学入門 種生物学会編 2003

4.Tyree, M. and Zimmermann, M.H. 2002. Xylem structure and ascent of sap. Second edition. Springer.

 

理学部生物学科植物学コース